千賀健史|Chiga Kenji


「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol. 21」展示風景
撮影:守屋友樹
提供:東京都写真美術館
千賀健史|Chiga Kenji
1982年滋賀県生まれ。2008年大阪大学基礎工学部卒業。緻密で長期間に渡るリサーチを経て、ドキュメンタリーの視点と虚実を混ぜたイメージを作り出し、現実の社会問題をあぶりだす。
主な展覧会に「千賀健史展『まず、自分でやってみる。』」BUG(東京、2024年)、「プリピクテジャパンアワード『Fire & Water』」東京都写真美術館(東京、2022年)、「写真新世紀展」東京都写真美術館(東京、2021年)、「第16回写真『1_WALL』グランプリ個展」ガーディアン・ガーデン(東京、2018年)など。第16回写真「1_WALL」グランプリ、第44回キヤノン写真新世紀優秀賞、第8回大理国際写真展最優秀新人写真家賞を受賞。アルル国際写真祭ダミーブックアワード2019及び2022ファイナリスト、シンガポール国際写真祭ダミーブックアワードグランプリなど手製本への評価も高い。
千賀健史さんは、緻密かつ丁寧に調査を行い、その調査を経て作品を制作しています。直接的なドキュメンタリー写真というわけではないのですが、その視点の中にはドキュメンタリーの視点が含まれています。千賀さんが問題意識を持っている社会問題を、写真を通してあぶり出しているというところが興味深い点だと思います。今回の展示では、2019年から千賀さんが調査した特殊詐欺を題材にして作品を作りました。
その中の一つに88枚組の写真作品(以下写真)があるのですが、1枚1枚は証明写真のような大きさで作られています。よく見ていくと、何かちょっと不穏な雰囲気が感じられると思います。
もしかしたら何かの犯罪に加担してしまったのではないかと思われるような人物に見えたり、あるいは、詐欺に遭ってしまった被害者に見えたり、様々な顔が写っているのですが、実は、千賀さんご本人が写る1枚のポートレイトから加工されて作られた作品になります。1枚のポートレイトを、AIによって被害者や容疑者に多くある年齢層に加工し、出来上がった写真を、被害者や容疑者によくある年齢層に加工する。その作業を繰り返していくと、これだけバラバラの顔ができあがるのだそうです。

アプリが海外のものだからなのか、加工を繰り返すうちに海外の人物に見える容姿になったりすることもあったとそうです。他にも、まるでその場所で犯罪が行われていたかのようなホテルの一室が写る写真や、詐欺を行っている事務所のように見える風景が写されている写真があります。
これらも、千賀さんが色々な事例を調査し、犯行現場に見えるそれらしい状況を組み立てて、その中で演じたうえで撮影した作品になります。これらの作品のように、千賀さんは、現実に社会問題となっている事柄を題材にしながらも、その写真には、作家がつくり出した虚像が混ざっています。現実と虚像が混ざり合った作品を通して、社会問題について強く訴えかけるような力を持っていると思います。
金川晋吾|Kanagawa Shingo


「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol. 21」展示風景
撮影:守屋友樹
提供:東京都写真美術館
金川晋吾|Kanagawa Shingo
1981年京都府生まれ。2006年神戸大学発達科学部人間発達科学科卒業、2015年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。社会のなかで規範とされている役割を越えて、自身の視点にもとづき、自己と他者との流動的な関係性を写真や文章によって表現している。
主な展覧会に、2022年「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館)など。2016年『father』(青幻舎)、2023年『長い間』(ナナルイ)、『いなくなっていない父』(晶文社)などを刊行。長崎のカトリック文化や平和祈念像、自身の信仰をテーマにした『祈りと長崎(仮)』(書肆九十九)を刊行予定。第40回写真の町東川賞新人作家賞受賞。
金川晋吾さんは、本展に2つのシリーズを出品しています。《 father》は、金川さんの実のお父さんの姿を撮った作品のシリーズです。そして、もう1つのシリーズは、現在の生活の様子を写した 《明るくていい部屋》というシリーズです。
《 father》は、金川さんが大学院の修了制作でつくられた作品でもありますし、金川さんを語る上では外すことのできない重要な作品です。金川さんのお父さんは、たまに失踪してしまうということがあり、そんなお父さんの姿を淡々と撮っているのですが、家族だからといって生々しいような関係性をとらえられているというより、一歩引いて、客観的にその姿を撮っているような印象が感じられる作品だと思います。
対して《明るくていい部屋》には、現在の金川さんの生活風景が写されています。金川さんは4名で共同生活をしていて、その日常を撮影したものです。
《 father》では被写体と撮影者の視線の交わりをあまり感じることができません。写真に写るお父さんは、画面の外側の方を見ていて、金川さん自身が写っている写真は、ちょっとおぼろげで、どこを見ているかわからない。
一方で《明るくていい部屋》では、親密な視線の交わりが感じられます。被写体と撮影者の間には、温かみや心地の良さを感じるような視線の交わりがあります。2つのシリーズの作品を、視線だけで読み取ると対照的に写っているようにも感じるのですが、どちらのシリーズも金川さんが、丁寧かつ慎重に被写体との関係性や距離感を表現している印象を受けるような作品だと思います。
作家のプライベートや生活の様子を表現する「私写真」という写真のジャンルがあります。これまでも多くのの作家が表現してきたジャンルです。金川さんの写真もプライベートな瞬間を撮影した「私写真」とも言えると思うのですが、そこには湿度や生々しさが全く感じられないような冷静さが存在します。
「父とはこうあるべきだ」というような一般的に社会の中で規範とされるような父の役割であったり、パートナーシップについての考え方ではなくて、金川さんと被写体となっている金川さんに関わる近しい人たちが、それぞれの考えで、そのあり方や関係性を選び取っているのだということが鑑賞者に伝わってくる写真です。これらの作品を通して、鑑賞者である私たちの気持ちが楽になったり、考え方が柔らかくなってくる、そんな効果もある作品です。
原田裕規|Harada Yuki


「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol. 21」展示風景
撮影:守屋友樹
提供:東京都写真美術館
原田裕規|Harada Yuki
1989年山口県生まれ。2016年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程先端芸術表現専攻修了。とるにたらない視覚文化をモチーフに、テクノロジーやパフォーマンスを用いて、社会や個人の本性(ほんせい)を「風景」や「自画像」のかたちで表現している。
2019年以降は断続的にハワイに滞在し、ピジン英語に代表されるトランスナショナルな文化的モチーフに着目。近年はANOMALY、広島市現代美術館、日本ハワイ移民資料館、KAAT神奈川芸術劇場、京都芸術センター、金沢21世紀美術館などで個展を開催。作品収蔵先に広島市現代美術館、日本ハワイ移民資料館など。TERRADA ART AWARD 2023でファイナリストに選出、審査員賞(神谷幸江賞)を受賞。単著に『評伝クリスチャン・ラッセン』(中央公論新社)、『とるにたらない美術』(ケンエレブックス)。
原田裕規さんは、4つの作品を展示しています。映像3作品は全て同じ《One Million Seeings》というタイトルです。原田さんご自身が写真を手に取って眺めては置く、手に取って眺めては置くという行為が24時間映っています。映像から聞こえてくる音は撮影された場所の環境音だけです。
映像をじっくりと見ていると、写真を眺める時間が一定ではないことに気が付くと思います。原田さんはこの作品をつくるときに一つだけ決めたことが「その写真と何らかの関係性が結ばれたと思うまで写真を見る」ということだそうです。
そのため、長い時間見つめている写真もあれば、早く見終わって置かれていく写真もあり、その行為が繰り返されていく様子を見ていると、写真の存在や価値について問いかけているような、あるいは「人の記憶とは」と、考えさせるような映像作品にもなっています。
本展に展示しているもう一つの作品が《写真の山》です。《One Million Seeings》の中で原田さんが眺めていた写真たちが、机の上に堆く山のように置かれています。この写真たちは、何らかの事情で持ち主を失って、破棄された写真です。原田さんは、産業廃棄物業者等から写真を引き取って集め、今回展示しているのはそのうちの一部で、約8000枚程度です。
この展示では、来場者が実際に写真に触って眺めることができます。ここにある写真のほとんどは、昭和から平成にかけて、日本で多く流通していたL判サイズの写真です。
今の若い人たちは日常生活の中で、こういった物質としての「写真」に出会う機会がが非常に少なくなったと思います。ある時代に大量に流通していた「写真」という文化そのものが詰まっているようにもとらえられるし、あるいは、ある個人の歴史や人生について語っているものだとみなすことができるかもしれません。
誰かにとってはとても大切な写真だったかもしれないけれど、他の誰かが見ると価値がないものに見えるかもしれない。見る人によって価値や受け取るものが変わり、「写真」とな何かということを強く問いかけてくる、優れた作品だと思っています。
映像の作品で原田さんが眺めていた写真を来場者が実際に眺め、知らず知らずのうちに映像の中の原田さんの行為をなぞっている、まるで演じる人が入れ代わるような、その構造自体も優れていると思い、両方の作品を展示して欲しいと考えて出品していただきました。
思い入れのある、メインビジュアルとなった作品とは


「現在地のまなざし 日本の新進作家 vol. 21」展示風景撮影:守屋友樹提供:東京都写真美術館
本当に全ての作品が素晴らしいと思っています。全ての作品がどれも、この展示をつくる上では欠かすことができないと思っているのですが、あえて一つの作品をあげるとすると、本展のちらしやポスターのメインビジュアルに採用させていただいた、かんのさゆりさんの風景の写真*(上部上ポスター写真参照)でしょうか。
これも宮城県仙台市の造成地の風景で、撮影した当時は、まだ造成地で、電柱が建ったばかりでしたが、今はもう建物が建っている風景に変わっているそうです。かんのさん曰く、建物が作られていく流れの中で、電柱というのは一番初めに建っていくのだそうです。
この風景は、かつてあったものがなくなり、そこに新しいものが立ち上がっていくということをとっても象徴的に表していると思います。本展の図録*に写真関連年表を載せています。2007年から2024年の8月末までを取り上げて、美術批評家のきりとりめでる*さんに監修をお願いして一緒に制作しました。
2007年はiPhoneの発売が発表された年です。スマートフォンについているカメラが、カメラと写真の流通と生産の形をとても大きく変えました。結果的に写真産業がどんどん縮小するという激変が起こったきっかけの一つだと捉え、2007年からの年表をつくることを決めたという経緯があります。
写真の表現や文化について、かつてのあり方とは全く変わった現在のあり方があるということを、かんのさんのこの写真で表すことができると考えて、強い思いでメインビジュアルに使いました。
東京写真美術館は開館30周年の企画など
東京都写真美術館は2025年1月21日に総合開館30周年を迎えます。
30周年記念展覧会の第一弾として、1月31日から2月16日までの「総合開館30周年記念 恵比寿映像祭2025 Docs ―これはイメージです―」(リンク先:https://www.yebizo.com)開催します。恵比寿映像祭は今年17回目になる映像を主体とした大きなフェスティバルです。恵比寿映像祭を皮切りに、鷹野隆大さんの個展など、魅力的な展覧会を予定しています。
東京都写真美術館の学芸員になった経緯
私は日本大学芸術学部写真学科出身で、学生時代は写真を撮っていました。当時はいわゆるガーリーフォトと言われた、長島有里枝*さんや蜷川実花*さんが大活躍し、写真がとっても華やかに取り上げられていた時代でした。私の周りの友人にも写真を趣味にしている人がとても多く、つられて自分もやってみたらとっても面白く大学にも軽い気持ちで入りました。
けれども、大学に入ってすぐに、自分は作家には絶対になれないと気づきました。というのは、作品を見せたいという欲が本当になく、むしろ恥ずかしくて作品を誰にも見せたくないという気持ちがいっぱいで、これはとても作家にはなれないと思いました。ですが、写真について考えたり、写真について人と話したり、写真を見たり、そういうことがとっても好きで、写真や芸術からは離れたくないという気持ちは漠然とありました。
大学4年の卒業間際に学芸員という仕事を知りました。学芸員になるために大学院に進むのには遅いタイミングだったので、一度、長野県の実家に戻り、もう1度上京して目指そうと考え、映画館で3年半勤務し、その後、一般企業で会社員として3年半働きました。
それでも、美術に関わる仕事に就くことを諦められず、30歳になるときに再び上京しました。その時には何も決まらないまま上京し、ギャラリーでアルバイトをしながら、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が開講していた現代美術のプログラムで学び、自分なりに模索して少しずつ仕事に結びつけていきました。
六本木アートナイト事務局や、神奈川県民ホールギャラリーやKAAT神奈川芸術劇場を運営している公益財団法人神奈川芸術文化財団の展覧会アシスタントに決まり、その後も、一緒に働いていた人の関係で仕事が繋がっていき、ヨコハマトリエンナーレ2017*のコーディネーター、あいちトリエンナーレ2019*のアシスタント・キュレーターとして勤務しました。同時期に横浜国立大学大学院にも合格し、仕事も続けながら大学院でも学んでいました。
東京都写真美術館で働くことは、大学生のときからの一番の夢で、何度か採用試験を受けていました。2回落ちて、3回目にようやく受かることができて、2022年から写真美術館に勤務しています。
未来を担う10代20代に伝えたいこと
私の経歴からも伝わると思うのですが、やりたいことや好きなことを諦めないで欲しいと思います。
私は大学生のときは、自分の作品を人に見せることが恥ずかしくて、課題も出したくないくらいだったので、学生としては落ちこぼれだったと思いますが、写真や芸術が好きで、楽しいという思いは学生時代から変わらずあり、仕事に結びついたらいいなと強く思い続けていました。
今、どんなにうまくいかなかったり、落ちこぼれていたりしても、やりたいことや好きなことを全く諦めることはないし、いくつになっても夢が叶うタイミングがあると思うので、諦めないで欲しいと思います。
クリエーターを目指す人に向けて
やり続けることが一番大切だと思います。表現に関わることをやり続けることは苦しいことでもあると思いますが続けることが一番重要で、続けた人の思いと積み重ねがかたちになっていくのだと思います。
「ミライ」とは
この質問に答えるのは本当にむずかしいです。むしろ、教えてほしいぐらい、未来がどういうものかわからないです。ただ、これから、やってみたいと考えている企画は、コレクション展*です。もう亡くなってしまった作家の作品とか、現代ではない作品というものを扱って展覧会をつくりたいとは、思いますね。


●企画/本文構成:鈴木勇也
●取材:鈴木勇也、森 暉理、加賀爪 玲哉
●撮影:加賀爪 玲哉
●WEB制作 : 森 暉理
●掲載日:2025/3/1
取材後記
東京都写真美術館に取材をしたいと思ったきっかけは、企画展『現在地のまなざし 日本の新進作家 vol.21』の展示内容に興味を持ったためです。私の触れてきた写真は、日ごとの記録や生活の中の風景が中心で、今回の写真展を観て、写真家のこだわりや思いを強く感じられ、写真表現そのものにも興味を感じ、取材をさせていただきました。
取材を通じて写真の可能性や写真のおもしろさを知ることができました。私は幼い時から家族の影響で写真に触れてきましたが、この企画展の表現について気になる部分や、作家さん一人ひとりの表現方法や制作時の思いやどのように制作したのかが伺うことができて自分の中の写真表現の根幹を変えられるような感覚でした。お忙しい中、この機会に取材させていただけたことに感謝いたします。(鈴木勇也)