『失われた過去と未来の犯罪』
著者:小林泰三
出版社:KADOKAWA
ミステリ小説、と聞くとリアリティのある堅い作品が多い印象はないだろうか。
実際、私が読むミステリ作品のほとんどは無理のない人物設定であったり、現代の時間軸に沿ったりしている作品が多い。ここで紹介する作品『失われた過去と未来の犯罪』はSFミステリという、一風変わった物語である。
女子高生の結城梨乃は、自分の記憶が10分程すると失われていることに気が付く。その現象は彼女どころか、世界中で巻き起こっていた。
人は通常「短期記憶」と呼ばれる記憶から「長期記憶」へと情報を処理していく。彼女達はみな、その処理が急にできなくなってしまったのだ。
本作は突如として「大忘却」と呼ばれる現象に見舞われた人類と、自分の記憶が記録される外部メモリーが主流になった「大忘却」後の世界の話の二部構成となっている。
第2章からは、自身の体にメモリーを差し込むことでしか記憶を維持できない人物が登場する。それは、時代が流れる上で当然のことなのだ。
私はガラケーを知っているが、ほとんど使ったことはない。高校生になり初めて持った携帯はスマホだった。今の小学生にガラケーという言葉が通じるとは思っていない。
ここでみなさんに、あることを尋ねたい。
「彼らは本当に彼らと言えるのか??」
生まれてから外部メモリーに自分の記憶がある人間は、メモリーが抜けたら記憶もごっそり抜け落ちることとなる。そうなったとき、残された空っぽの彼らは本当に彼らなのだろうか?
この作品は、単純に記憶ができなくなっただけでは終わらない。アイデンティティや死生観、人間関係……多様な視点から、読者に問いかけてくる。
著者である小林泰三の作品には、少し変わったミステリ作品が多くある。普段からミステリを読む方々には物足りなさを感じるかもしれない。しかし、いつもは味わえないこの感覚を是非体験していただきたい。
私たちの記憶が続いているうちに、記憶が続かなくなった「未来」を、その目で見てきてほしいと思う。
Text:3年 野水聖来
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